2015年2月27日金曜日

土屋応仁『聞耳の森』の感想一言

小川洋子の本の表紙などで見覚えのある人も多いだろう土屋応仁。
その作品集である『聞耳の森』を読みました。

北海道の美術館の主任学芸員という人の解説がついているのですが、これは微妙……いや、はっきり言って残念なものでした。
とはいえ、土屋がゲームグラフィック関係の仕事を一時期していたことを紹介していたのは興味深いものでした。

スーパーフラットでもなんでもいいのですが、ゲームのグラフィックは基本的にツルツルで、極めてフラットなものですよね。実際、土屋の作品も首とか胴は、ムラなく真っ白で、その素材がなんであるかとかを感じさせない。
その一方で、鱗的な表現だとか、耳、鼻など繊細な部分ーー非常に肌的で、(こう言ってよければ)内臓的な部分や表現をとっているところーーは、露骨に木目が表示されていて、観る者に唐突に素材を思い出させます。解説では、仏像が持ち出されていましたが、内臓的であること、その「生っぽさ」は、仏像と類比することでは伝えられないように思います。(躍動する生命というより、生まれたての生物のように、グロテスクさを感じさせかねないほどに、生っぽいのです。その意味で、「内臓的」と言っておきたい。)
両者が並存している状況は、初音ミクなどのように2.5次元的だと言うべきでしょう(ただし、その場合、ミクとは反対の方向から2.5次元化しているのですが)

まぁ、作品集見せてもらうまで、作品を偶然目にすることはあっても、土屋応仁なんて名前も知らなかったくらいの人間ですが、ちょっと久々にブログ更新してみました。


聞耳というと、最近ハマっているクトゥルフ神話TRPGを思い出さざるを得ないミルチでした。

2015年2月7日土曜日

矢野和男『データの見えざる手』を読んだ。



話題の『データの見えざる手』を読みました。ビジネスパーソンとしては、目新しい話なのかもしれませんが、ハヤカワ・ノンフィクションを読んでたり、ネットワーク理論とか情報社会論の辺りを追いかけている人にとっては目新しい話はありません。

(内容紹介)
人間行動の法則性が、ここまで明らかになった!
日立製作所中央研究所で2006年に開発されたウエアラブルセンサ「ビジネス顕微鏡」による人間行動の研究が、いま、人間・組織・社会の理解を根本から変えようとしている。
著者自身を含め、これまでのべ100万人日以上の行動を計測、その身体活動、位置情報、センサを付けている人どうしの面会などを記録した「ヒューマンビッグデータ」が、人間や社会に普遍的に見られる「法則」や「方程式」を次々と明らかにしているのである。
そのデータから明らかになる「法則」とはいかなるものか。
法則の理解は、私たちの生活や社会をどのように変えるのか。
世界を変えつつある新たなサイエンスの登場を、世界の第一人者が自ら綴る! 
ウェアラブルセンサーを身につけて様々なものをデータ化し、その見えざる秩序を明らかにしようという話です。
コールセンターの例では、頻繁に動きが見られる人、昼休みによく話す人とかが、業績もいい(相関がある)という話があったり、上司と部下の繋がりが緊密なだけでなくて、部下同士もつながり合っている方がいい(関係の三角形が多い方がいい)みたいな話があったり……。
社会学者の鈴木謙介さんが、「社会学でいえば、組織論で言われてたことと変わらない」と言っていましたが、「新事実!」と謳われているものの、目新しさはそれほど感じられないと思います。

人間を個人として見るのでなく群れとして見たり、個人の個別の決断や行為に焦点を当てるのでなく、決断や行為の束として見たりすることで、一定の秩序――本文の表現で言えば、U分布――を見ることができるというものでした。

本文では、心理学、渋沢栄一、ドラッガー、白川静、孔子……などと、ビジネスパーソンの教養あふれる記述なわけですが、社会科学への興味は薄そうです。
「べき乗分布」とか「スケールフリーネットワーク」として知られてきたことを、ビジネスという分野に絞って、独自のデータに基づき提示した――と要約できる内容でした。

注意すべきは、自然法則との類比関係が適当なことと、安易な一般化、そして、原因と結果の混同です。
どれだけ「自由」に行動したと思っても、あたかも社会的法則に準ずるかのように、べき乗分布に従って行動してしまう。この話は、(特殊な装備もなく)人間が手を羽ばたかせて空をとぶことができないというような、自然法則がイメージさせるような可能/不可能とは異なっているということです。
『データの見えざる手』の筆者は、筆が滑ったのか、「意志によって、べき乗分布を出ることが「できない」と述べています。翌日の事も考えず、個人の腕についたウェアラブルセンサーを、一日中激しく振動させ続けるとかすれば、その日一日は秩序からはみ出ることは可能でしょう(その行為になんの意味もないでしょうが)。要するに、その実験において、べき乗分布から出ること自体を目的として常に個人が行動すれば、短期的には出ることは可能だろうということです。自然法則からの類推があまりに無批判的かつ粗雑なので気になった、というだけのことなのですが。

安易な一般化についてはそのままなので置いておくとして、最後の点について補足すると、先に出したコールセンターの例で言えば、名札を振動させた「ならば」、売上がよくなる――という話にはならない、ということです。

かなり読み飛ばしたので、誤解もあるかもしれませんが、以上三点は注意すべきだろうと思いました。

いずれにせよ、べき乗分布的な議論、統計学の新しい議論で言われていることを、ビジネスや企業において応用した結果、かなり組織論的な教訓に溢れた本になっているかと思います。




個人的には、この種の議論を聞くとき、無印『思想地図 vol.2』を思い出します。
この本には、「ソシオフィジックスは可能か」と題された座談会があります。(東浩紀、北田暁大、西田亮介、濱野智史)
今読み返しても、かなり面白かったです。特に305頁の西田亮介さんの発言、「主体と環境の両方に注目する必要がある」という一連の発言。この観点からデューイを振り返りたくなりました。


社会的な事実、人工物を、一種の自然物として扱うような知を「社会物理学」、「ソシオフィジックス」と名づけています。
19世紀の社会学・統計学には、「正規分布」的なモデルを基に、「自然物として社会を見る」試みがあった。今、21世紀において、私たちは「べき乗分布」という多様性を抱え込むようなモデルを基に、「自然物として社会を見る」試みを回帰させることができる。そのためのツールを持っている、と。
特に興味深いのは、「生権力」との関連です。(詳細は読んでください)

『データの見えざる手』よりも、ここで議論されている事のほうが射程が広く、そして示唆に富むように思います。

あまりうまく説明できないので、本書において「ソシオフィジックスを知るためのブックガイド」で挙げられている本を列挙することにします(説明は省略します。買って読んで)。

1,『CODE VERSION 2.0』  ローレンス・レッシグ(本文で挙げられているのは、2.0ではありませんが)
2,『伽藍とバザール』   E.S.Raymond
3,『市場を創る―バザールからネット取引まで』 (叢書“制度を考える”)   ジョン・マクミラン
4,『紛争の戦略―ゲーム理論のエッセンス』(ポリティカル・サイエンス・クラシックス 4)   トーマス・シェリング
5,『クリエイティブ・クラスの世紀』リチャード・フロリダ(Kindleあり)
6,『哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造』(叢書「世界認識の最前線」)   ロバート・D. パットナム 
7,『フューチャー・オブ・ワーク』(Harvard business school press)  トマス・マローン
10,『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 アルバート・ラズロ・バラバシ

どれも少し前の本ですが――というのも、座談会自体2008年なので――どれも古びてはいません。というか、この「ソシオフィジックス」に関して、何か方法論上、革新的な変化があったかというと、そういうわけでもないからでしょうね。