2012年12月8日土曜日

アームソン『アリストテレス倫理学入門』レビュー

      

オックスフォードの哲学者、J.O.アームソン(解説によると英米系哲学、分析哲学系の畑の人らしい。ご存命かはわからない。)の『アリストテレス倫理学入門』を読んだ。
 分析哲学系の人は、伝統的な哲学や大陸哲学に大抵弱いのだけど、この人は例外的らしい。自分の教わっている教授もそうだが、ラテン語やギリシア語にも堪能で、決して自分野に自閉せず、美学、認識論、時代も古代、中世と限定しない。 
文章の簡明さもさることながら、研究姿勢にも学ぶところがある。訳文も気になるところがないくらい、とても模範的で、リーダビリティの高さはやばい。







今回はそのレビューと感想まとめ。 


(追記:訳本について。個人的には、京都大学出版の方の『ニコマコス倫理学』の方が圧倒的にいい。読みやすいし、訳文も適切ではないかと思う。)



*倫理思想の困難さと、原典の成立過程

まず、アリストテレスの倫理思想について。 アリストテレス倫理学を語ることの困難性は、常に語られる。
事程左様に、この本でも最初に触れられ、アームソンは3つ上げている。一点目は明らかだが、二点目、三点目は、案外忘れられる。

1,時代の隔たりによる、観点や概念、言語使用の馴染みのなさ
2,翻訳の困難さ(ストレートに該当する語彙がない)
3,本書成立の過程が生む困難さ

1は読めばわかるのでカット。2点目に触れるとしたら、新しい語彙を生み出したり(形相とか)、カタカナやアルファベット表記のままにしたりと、色々試行錯誤がされているが、注意しなければすぐに「誤訳」となる可能性がある。


3点目。
アリストテレスが倫理学について触れた主に論じている本はふたつある。
『エウデモス倫理学』と『ニコマコス倫理学』だ。(エントリの最初に翻訳本を貼ってある)

不思議な事に、この二冊の本は、内容の一部が重複している。
というのも、この二冊ともが、アリストテレスの「講義ノート」に当たるもので、それほど改変の必要がないと考えて流用したのだと思われる。
面倒なのは、適宜改変されていたせいか、一冊の本の中でも、矛盾するような記述があったりすること。メモのように不思議な文章が差し込まれていたり、文中で投げ出された宙ぶらりんの問いもある。

更には、書名にすら謎を抱えている。
エウデモスという教え子がいたこと、ニコマコスという父(そして息子)がいたことは史実としてわかっている。しかし、なぜ『エウデモス倫理学』と呼ぶのか、『ニコマコス倫理学』と呼ぶのかは明らかではない。
当時、「誰々に捧ぐ」という献呈の習慣は存在しなかったという。エウデモスはまだしも、ニコマコスについては夭逝しているので、息子がその本を編集したとも思えない。(アリストテレスは、まさに『ニコマコス倫理学』において、年齢を経ること、経験を豊かに持つことの重要性をまっさきに説いていることは、注目すべき点だろう。)
この辺りの詳しい話は、京都大学出版の方の『ニコマコス倫理学』訳者解説参照してほしいのだが、実際本当の理由は明らかではない。


*アリストテレス入門入門

正直めんどくさいし、その能力もないので、彼の倫理思想について詳述はしない。
しかし、いくつかの本を読んで持っていた知識、自分自身で『ニコマコス倫理学』を読んだ経験でもって、このアームソンの本に挑んだ時、自分の中で宙吊りになっていた諸々の未解決事項が整理されたように思えた。
訳者解説でも述べられているように、アームソンの出す例がとても面白く、イメージがしやすいせいだと思う。実際に講義を受けているかのような語りで(訳者の方の技量でもあると思う)、一気に読めた。それに、本書はそれほど分厚くない。

序論
第一章 理想的人生(予備的考察)
第二章 優れた性格
第三章 行動と動機
第四章 責任と選択
第五章 個々の優れた性格
第六章 優れた知性
第七章 意志の強さと弱さ
第八章 快楽
第九章 社会的関係
第十章 エウダイモニア

個々の検討のすべてが言及され、吟味されるのではないが、アリストテレスの議論の重要で、論争の的になっている所を取り出して、そこをじっくり見ていく形になっていた。(確かに、他の論文や解説書などでも、詳述されていた箇所だった。)

この本の面白い点は、例のわかりやすさ適切な縮約だけでなく、アームソン自身が、時折アップデートを加えている点も挙げられる。もしかしたら、これは本書最大の魅力かもしれない。
「ここまではアリストテレスはきている。しかし、これは回りくどいし、限界がある。こうすればどうか」と。
とても分析哲学者らしい。その提案の仕方も、とても慎重に思えた。

アリストテレスの倫理思想は、直ちに参考になりそうなものがいくつかある。
本書の言葉を使うと、「不正な人」は二種類ある。「一つは、法を守らぬ人という意味であり、一つは、不公平で欲張りな人、すなわち、自分の公平な分け前以上を取ろうとする人という意味である」(p124)
前者は、サークルクラッシャー、テロル、それから後者は、ワナビー、フリーライダーに通じていく話ですよね、現代に引き付けて言えば。


正直、要約するのが難しい本だから(それはアリストテレス倫理思想の要約に等しい)、ふわっとしたまとめになったけど、いくつかの読んできたおすすめのアリストテレス本も貼っておこうと思う。
アームソンのこの本は、絶版になっていて中古も高いから、図書館で読むとして、代わりに下記のいくつかの本を買って併読するといいと思う。



↑教授とかに、まっさきに勧められる。のがジョン・L・アクリルの本。定番っぽい。実際面白い。
  
↑何だかんだで、哲学のice-breakingに最適なのが、ちくま新書の入門本。ちくま新書の哲学解説・入門系の本ではずれは少ない。実際、この本も、かなりよかった。アームソンと同じく、「アリストテレスの魅力、鋭さをいかに引き出すか」という観点からも適切な紹介本。/哲学のエッセンスシリーズは、基本的にどの本も面白い。解説や紹介に留まらない点が魅力。

↑アームソンの次に読むとしたらやっぱりこの辺りか。倫理思想に的を絞ったアリストテレス本は案外少ない。
 
↑手に入りやすくて、ある程度分厚さのある解説本はこれくらいしかないと思う。個人的には……まぁまぁという感じ。普通に岩波文庫辺りで、実際にアリストテレスに当たる方がいいかもしれない。好著だし、わかりやすいのは確か。

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